日本酒は、今世界中で人気が高まっており、近年では輸出量が年々増加しています。2022年の輸出総額は、約1,250億円と過去最高を記録しました。この世界的ブームの背景には、以下のような理由が挙げられます。
日本酒の味わいが非常に多様ということ。例えば、淡麗辛口から濃醇甘口まで、さまざまなタイプの日本酒が存在します。また、近年では、スパークリング日本酒や低アルコール日本酒など、新たなタイプの日本酒も登場しています。
世界の日本文化への関心の高まりも、背景として挙げられます。インバウンド客の目的に、日本酒探しを目的として挙げる人も増加しています。
日本酒人気の高まりの中で、日本酒の一大産地として知られているのが関西地区にある灘五郷と呼ばれる酒造群です。灘五郷とは、兵庫県の神戸市灘区、東灘区、芦屋市、西宮市に位置する5つの酒造地の総称で、西郷、御影郷、魚崎郷、西宮郷、今津郷のことです。日本酒生産量が日本一であり、国内生産量の約25%を占めています。2023年現在で酒蔵は約150軒あり、灘五郷の日本酒はその高い品質と独特の風味で、国内外から高い評価を受けています。
灘五郷誕生の背景には、寒冷地であるため、寒造り(冬に酒造りを行う方法)に適した気候であること。六甲山系の伏流水が豊富で、良質な酒米が栽培できること。そして江戸時代から続く酒造りの伝統と技術が灘五郷に伝わってきたからと言われています。
『灘五郷の謎①灘五郷発祥の地はどこ?』
では灘五郷の中で発祥の地はどこなのでしょう?発祥地については、諸説あります。
最も有力な説は、西宮郷説です。西宮郷は、六甲山の麓に位置し、豊かな水と米に恵まれた土地です。古くから交通の要衝として栄えていたことから、酒造りが盛んになったと考えられています。西宮郷での酒造りの始まりは、室町時代に遡ります。1498年に山邑太左衛門が西宮に移住し酒造りを始め、これが灘五郷の酒造りの始まりとされています。
また、伊丹説も有力です。灘五郷の発祥地は、兵庫県伊丹市の伊丹郷であると考えられています。伊丹郷も、六甲山の麓に位置し、豊かな水と米に恵まれた土地です。また、古くから商業の中心地として栄えていたことから、酒造りが盛んになったと考えられています。しかし、この説に気になることが。
『灘五郷の謎②灘五郷発祥の地は奈良?』
伊丹郷での酒造りの始まりは、西宮郷より古く奈良時代に遡ります。伊丹郷について、奈良時代に酒造りの記録が残っています。それによると大和朝廷の時代に、伊丹郷の住民が奈良の都から酒造りの技術を伝授されたと伝えられています。
ということは、灘五郷の始まり以前に日本酒は奈良で作られていた言うことになります。
それを裏付ける場所は奈良に存在するのでしょうか?
実は奈良には清酒発祥の地と言われるお寺があります、奈良市にある正暦寺です。
正暦寺は、992年に一条天皇の勅命を受けて兼俊僧正が創建した寺です。正暦寺が清酒発祥の地であることは、幾つかの古文書から明らかです。
例えば、室町時代の酒造記である『御酒之日記』には「菩提泉」という項があり、菩提山寺(正暦寺)で造られている清酒の製造方法が詳細に記載されています。また、興福寺の僧侶によって室町時代末期から書き継がれた『多聞院日記』も、正暦寺の酒造りについて言及しています。そして、正暦寺で開発された「諸白づくり」という製法こそが、日本清酒の原型とされているのです。
正暦寺で清酒が造られる前は、酒といえば濁り酒でした。清酒と濁り酒では製造方法が異なっており、清酒の特徴としては①乳酸菌により殺菌をしていること②酒母(酵母を大量に含むアルコール発酵の元)と酒を区別し、仕込みを数回行うこと(段仕込み)が挙げられます。加えて、正暦寺では「諸白づくり」(麹用の米と蒸し米の双方に精白米を使うこと)も行われていました。このように正暦寺では、殺菌された安全な酒を、大量にしかも正暦寺オリジナルの酒母「菩提もと」の保存により毎年均質な状態で製造しました。これはまさに日本酒造りの産業革命といえるのではないでしょうか。
『現代に蘇った幻の日本酒』
正暦寺では室町時代の15世紀半ばから約200年間、清酒造りを続けていました。しかしその後清酒造りは途絶えてしまい、日本酒づくりの中心は灘五郷へと移り酒母も改良が加えられ正暦寺の日本酒は幻の味となりました。
その正暦寺で造られていた清酒を現代に復活させるプロジェクト「奈良県菩提もとによる清酒製造研究会」が1996年に発足。正暦寺の山において酒造りに必要な3つの菌(乳酸菌・酵母菌・麹菌)を採取することに成功。1998年に「菩提もと仕込み」を復活させました。灘五郷のルーツの味が蘇ったのです。同時に「菩提もと仕込み」の基本条件として①酒母は正暦寺で造ること②正暦寺の酵母菌を使うこと③寺領(正暦寺の敷地内)の米と清らかな水を使うことなどが定められました。現在、正暦寺の酒母「菩提もと」を使用した清酒は奈良県内の8社で製造されており、菩提もと清酒は白ワインのような濃醇な味わいが特徴となっています。日本酒を巡る旅に、奈良県は外せませんよ。